良い将来を望むなら、良い選択を

人生は自分自身の選択そのもの

みなさま、あけましておめでとうございます。

2019年(平成最後の年)が明けて早くも半月が過ぎて行きました。

平成最後、平成最後と言えども、今年の私もまた今までと変わらんやろ!っと、思っているあなた。

今年の私はひと味違います。

3月の頭から中旬にかけて、インドへ行ってまいります。

その目的を一言で述べますと、釈尊(お釈迦さま)の御足跡をたどること。です。

ご存知の方はいらっしゃらないと思いますが、実は私は熱心な仏教徒なのです。

仏教について語れば、とても有意義で楽しいひと時を過ごせることはわかってますが、ここで話しちゃうといろいろと問題が出てきちゃうので今回は控えますが、いずれ自分の言葉で発信していきたいと思います。

まず、私自身、みなさまご自身の未来は自分自身の選択が作っている!ということを声を大にして言いたい。

私はこの「インド聖地巡礼」の話を聞いた時、直感的に「行きたい!」と思いました。

しかし、深く考えていくと、あとからあとからいろんな問題が頭の中をめぐります。

けど、ほとんどは大した問題ではなくて、最終的に残った大きな問題は1つ。

長期の休みが取れるのか??

という、一点のみ。

うちの会社は特殊??で、有給休暇はあってないようなもの。

3連休が最大の連休で、その3連休申請書ですら幻の紙と化しているのが現状です。

そんな中、

会社辞めてインド行く??

インド行きは現実的ではない??

という2択で悩みました。

今の会社の給料面・環境面、両方見ても手放すのはもったいない。

どうせなら今回は見送ってもう1年しっかり働いてから(金銭的にも少し余裕が出てから)、次の機会にしようかな。

とか、ぐるぐるいろんな思いが頭をめぐりました。

ですが、答えが出るのにそんなに時間はかかりませんでした。

そもそも来年もこの貴重な企画があるかどうか確定ではなく、もしあったとしてもこちらの状況が変わっていればそれこそ行けなくなってしまう。(来年も独身とは限らないですしね!もし子供なんて出来てたとしたら、もう絶対何年もいけなくなってしまいます。)

今年行けなくて、来年行けるわけがない!!

近い将来の段取りができない人に、もっと遠い将来の段取りができるはずがないということですね。


まず「行く」ということを決めてしまおう。

そして、それに向かって段取りをすればいいではないか。

という、思考回路をめぐって、平成30年9月2日にインド聖地巡礼へ参加することを決定しました。

決まっていることは、3月私はインドへ行くということのみ。(その時は仕事をどうするか?はあまり考えませんでした。)

それさえ決まれば、もう次のステージへ進めます。

どうやったらインドへ行けるか??を考えればいいのです。

ということで、仕事に対する自分の気持ちと向き合い、私の人生の中での「仕事」の立ち位置を見つめなおし、約1か月半くらい焦ることなく、不安になることなく、考えてました。

その結果、仕事は続けれるのであれば続けたい意思はあるが、「仕事=私の人生ではない。」という結論にたどり着きました。

今考えてもこの気持ちは変わりませんね。

生活していくうえで(もちろんインドへ行くにも)お金は必要ですが、私の人生に必要なのは「お金」です。

今私が身を置いている「会社」ではありません。

確かに、今までお給料をたくさんいただき、それなりの待遇を受け感謝していますが、収入元はそこでなくてもいいのです。

それなりの地位もいただいてましたので、それを捨てるのは少し惜しい気もしましたが、それはただの執着であり、私の人生において大事なものではありません。

今のこの日本で、仕事辞めたから食べていけず飢えて死ぬなんてこと、そうそうないでしょう。

まして、私は実家暮らしなので、絶対死にません!(笑)

少し肩身の狭い思いをするかもしれないけど、別にダサくてもいいじゃん!!インドに行けるんだったらって思えるようになりました。

こう思えるようになったのも、まず第一に「インドへ行く」ということを決めたからです。

そして、次に「インドへ行くためにはどうすればいいか?」を考えたからです。

自分の未来は自分自身の選択が作る。

まさに、身をもって体感中です。


今の私と真逆?へ行く良い?(良くないか)例があるのでご紹介しますね。

知人のNさん。

Nさんは私とは別の目的で、これまたインドへ行こう!と1年以上前から言っています。

そして昨年11月。Nさんへインド行きの企画が入ってきました。(Nさんが望む企画は1年に1回開催されてます)

もう3か月以上前の話ですね。

「今回は絶対行く!仕事も休める段取りしてるから!!!」と張り切っていましたが、

先日、もう行くって返事したの??年内で締め切りだったよねー?って言ったら、どうやら「まだ」らしい。

それなのに、「リシュケシュの町って大きいの?」「買い物できるところある??」「バックパッカーの人のブログ見てたらゴム草履3足履きつぶしたって書いてたんだけど、現地調達できるんかなー?」「気候はどんな感じ?」・・・。

と、インドへ行ったことのある別の知人Hさんへ質問・質問・質問・・・。

なんかもう苦笑いしちゃいました。

それらの質問って、Nさんが「行くか行かんか」の決断するのになにか関係あるのでしょうか?

10月はちょっと寒いよ。とか、ちょっと蒸し暑いかなー。とか、リシュケシュの町は小さいよ!ゴム草履なんて買えないよ!もしくは買えるよ!ってなったら、

「じゃあ行く!」「それなら辞める」ってなるんでしょうか??

私には、決断もせずにそんなところでぐるぐるさまよってるNさんがかわいそうに思えてきて、なんて時間を無駄に過ごしてるんだろうかこの人は。と思ってしまいました。

優しいHさんは「ゴム草履の件は軽いもんだから、日本で用意して持っていったら?」とアドバイスしてました。

人生の大事な節目のような大きな選択ではなくても、Nさんのようにただただそこに留まって決断できないまま、ぐるぐる抜け出せないでいる人って、結構いるよなー。と思いました。

自分の未来は自分自身の選択が作る。のですよ。

実際私は、自分の意志を上司にしっかり伝え、予想もしてなかったけど長期の休暇をいただくことができました。

抜けても大丈夫なように段取りできるならOKということでした。

腹をくくれば、それなりの後押しはあります。(間違った方向でなければですが)

宗教的な絡みがある件なので、許可せざるを得なかったのかもしれないですが、私は退職もせず「インドへ行く」という切符を手に入れました。

あの決断の時、

休みが取れないから無理。

お金がないから無理。

インド、行ったことないし怖いから無理。

インド、おなか壊すから無理。

インド、ベジの国だから食べるもんないから嫌だな。

と、行かない理由はいくらでも探せますが、最終大事なのは「で、私(あなた)は行きたいの?行きたくないの??」ということです。

迷ってるうちは行けない・行ける方法は見つからない。ということです。

「行く!」と決めてから、「どうやったら行けるか」を考えることによって、それまで見えてこなかった新しい道が見えてきたりします。

何度も何度もいいますが、自分の未来は自分自身の選択が作る。のです。

今回は運が悪かった。とか、今回は縁がなかった。と外に原因を求めるのではなく、縁というものは自分で自分の内側からしっかりと手を伸ばして掴み取るしかないのです。

もし私が(あなたが)良い将来を望むなら、今の選択をいいものにするしかないです。

 

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のまみづきです。 しまなみ海道のちょうど真ん中にある島に住むしまんちゅ(32) 好きなこと→説法聴聞・旅。ハマっているもの→マインドフルネス。昨日よりも今日、今日よりも明日が少しでも上向きになるよう日々努力して生きています。